ΕΚ ΤΟΥ ΜΗ ΟΝΤΟΣ

熱い自分語り

『いけない! ルナ先生』でメンタルが改善した話

 今年に入ってから色々と行動して、自分を取り巻く環境を少しずつ改善させていった。以前と比べてずっと生きやすくなったはずなのに、悩み苦しみ希死念慮は一向に減ってくれない。流石にこれはおかしいと自分の内面を精査してみた結果、小さな問題でも大きな問題でも俺の精神は同程度に悩んでいるということが分かった。これが原因か。

 考えてみよう。猛烈なパワハラ上司に当たってしまったという問題と、仕事でほんの小さな失敗をしてしまったという問題は、言うまでもなく同等ではない。後者は前者に比べれば圧倒的に些細なものだ。しかし、自分の場合、前者と後者の問題について、ほぼ同じくらい深刻に思い悩んでしまうのである。何でそういうことが起こるかというと、無駄に想像力を働かせて、小さな問題からどんどん悪い結果を引きだしてしまうからだ。小さな失敗をしてしまった場合、本当ならば、その失敗単体について、少し後悔すればいい話だ。しかし自分の場合、小さな失敗をしてしまった→周囲に失望される→周囲からのサポートがなくなっていく→さらに失敗を重ねてしまう→破滅、的な想像をしてしまい、どんどん落ち込んでしまうらしい。

 これって結構深刻な話で、努力して大きな問題を克服していって、小さな問題しか存在しない環境を勝ち取ったとしても、何か悩みの種がある限り、自分は延々と同じ程度に悩み苦しみ続ける羽目になりかねない。何とか改善させたいけれど、歪んだメンタリティを矯正するのはかなり難しい。だが、最近ある漫画を読んで、少し心が軽くなった。これである。

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 はい。『いけない! ルナ先生』。実はこの年齢になって初めて読んだのだが、葉月ルナの思考回路が完全に俺と同じなのである。ただ、それをこうやってギャグとして提示されると、あ、自分の思考ってこんなしょーもないんだなと、少しだけ気分が楽になるのだ。漫画にはこういう力もあるのだな。

 ということで、先に述べたような思考が展開されそうなときは、「あ、ルナ先生が始まったな」と努めて意識するようにしている。そうやってギャグのレッテルを貼って客観視することで、前よりも精神的な負担が減った気がする。この漫画、当時は有害図書指定を受けてかなりバッシングを受けたらしいが、こういうかたちで俺をちょこっと救ったりもしてるのよね。有害なんて軽率に言わないでほしいですわね。