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ΕΚ ΤΟΥ ΜΗ ΟΝΤΟΣ

熱い自分語り

【詩和訳】オディッセアス・エリティス『定位』より「不在の気候」

 現代ギリシアノーベル賞詩人オディッセアス・エリティス(1911-1996)の詩を訳しくぜのお時間です。今回は『定位(ΠΡΟΣΑΝΑΤΟΛΙΣΜΟΙ)』から「不在の気候(ΚΛΙΜΑ ΤΗΣ ΑΠΟΥΣΙΑΣ)」を訳してみました。彼が強い影響を受けたフランスのシュルレアリスムの薫りが濃く、かぐわしいっス。構文とかは極めてシンプルですが、かなり厳格な規則・内的秩序に従って書かれてることが伺われ、どれだけそれを理解して訳に反映できてるかは心もとないです。まあ、ぐだぐだいわずいきます。

 

 

ΚΛΙΜΑ ΤΗΣ ΑΠΟΥΣΙΑΣ

I

Όλα τα σύννεφα στη γη εξομολογήθηκαν
Τη θέση τους ένας καημός δικός μου επήρε

Κι όταν μες στα μαλλιά μου μελαγχόλησε
Το αμετανόητο χέρι

Δέθηκα σ' έναν κόμπο λύπης.

II

Η ώρα ξεχάστηκε βραδιάζοντας
Δίχως θύμηση
Με το δέντρο της αμίλητο
Προς τη θάλασσα
Ξεχάστηκε βραδιάζοντας
Δίχως φτερούγισμα
Με την όψη της ακίνητη
Προς τη θάλασσα
Βραδιάζοντας
Δίχως έρωτα
Με το στόμα της ανένδοτο
Προς τη θάλασσα

Κι εγώ - μες στη Γαλήνη που σαγήνεψα.

III

Απόγευμα
Κι η αυτοκρατορική του απομόνωση
Κι η στοργή των ανέμων του
Κι η ριψοκίνδυνη αίγλη του
Τίποτε να μην έρχεται Τίποτε
Να μη φεύγει

Όλα τα μέτωπα γυμνά

Και για συναίσθημα ένα κρύσταλλο.

 

不在の気候

I

雲はみな地に告解した
その場所を、わたしの悲しみが奪った

そして、わたしの髪につつまれて
悔い改めぬ手が鬱ぎ込んだとき

わたしは、悲嘆の結び目に縛られた。

II

時刻は我を忘れた 宵の頃
記憶もなく
その物言わぬ樹木を携え
海へ
我を忘れた 宵の頃
羽ばたくことなく
その揺るぎない面を携え
海へ
宵の頃
愛もなく
その不屈の口を携え
海へ

そしてわたしは――この身に魅せられた凪の中。

III

午後
そして、皇帝の如きその孤独
そして、その風の愛情
そして、その大胆な煌めき
なにも来ず なにも
離れず

すべての額は露わに

そして、感性のために、水晶をひとつ。

 

 

【文献表】

・テクスト

Οδυσσέας Ελύτης, ΠΟΙΗΣΗ, Ίκαρος, 2015.

http://www.elytis.edicypages.com/

 

・翻訳

The Collected Poems of Odysseus Elytis, tr. by Jeffrey Carson and Nikos Sarris, Johns Hopkins University Press, 1997.

 

・辞書と参考図書類

William Crighton, ΜΕΓΑ ΕΛΛΗΝΟ-ΑΓΓΛΙΚΟΝ ΛΕΞΙΚΟΝ, Ελευθερουδάκης, 1960(WC).
D. N. Stavropoulos, Oxford Greek-English Learner's Dictionary, Oxford Univ Press, 2009(Oxon).
関本至『現代ギリシア語文法』泉屋書店、1968年(関本)。
川原拓雄『現代ギリシア語辞典』リーベル出版, 2004年(川原)。

 

【こんな風に読んでるけど大丈夫っすかねのコーナー】

εξομολογήθηκαν:εξομολογούμαιの瞬時過去。WCとかを引くと、意味は"confess"とある。ただ、ここで言われてるのは罪の告白で、「告白する」って訳すと愛の告白みたいになっちゃうので、教会っぽく「告解する」とした。ちなみに、この詩に出てくる直接法の動詞の時制はぜんぶ瞬時過去なので、ここで表されているものはみな過去に一回だけ起こったことなのだろう、たぶん。

μες στα μαλλιά μου:直訳すると「わたしの髪の中」。前置詞句μες σταをもうちょっとふくらませて、「わたしの髪につつまれて」とした。

Το αμετανόητο χέρι:αμετανόητοはOxonによると"unrepentant"とかそんな感じの意味の形容詞。先のεξομολογήθηκανと対になる感じなので、ここも聖書っぽく「悔い改めぬ」とした。

Η ώρα ξεχάστηκε βραδιάζοντας:主語の名詞・動詞・分詞という並び。そのままの並びで「時刻は我を忘れた 宵の頃」と訳した。これが後の行ではΞεχάστηκε βραδιάζοντας、Βραδιάζοντας、という風に、頭から語が削れていってる。これもそのまま「我を忘れた 宵の頃」、「宵の頃」と訳した。Carson & Sarrisの訳だとΞεχάστηκε βραδιάζονταςが"It forgot itself......"となっている。英語は主語がなきゃあかんので仕方なくItを入れたのだろうが、こうすると、だるま落としみたいに単語が落ちてく楽しさが削がれてしまうので、英語ってこういうとこは不便だなあと思う。日本語は日本語で不便なとこ山ほどありますがね。

Με την όψη της ακίνητη:όψηはOxonによると"appearance"とか"aspect"とか"face"といった意味がある模様。訳語は「面」とした。側ともとれるし、「おも」と読めば顔の意味にもなる便利なことば。ありがとナス!

Γαλήνη που σαγήνεψα:πουはΓαλήνηを先行詞とする関係代名詞で、関係詞節の中ではσαγήνεψαの目的語。直訳すると「わたしが魅了した凪」。ここでは受動態的にし、なおかつ「わたし」をもちっとふくらませて「この身に魅せられた凪」とした。「み」が連続するのがいいかなあと思いまして。

Απόγευμα / Κι η αυτοκρατορική του απομόνωση:母音のアルファーで始まる単語で統一されてる感じ。「ご/うていのときそのどく」と訳した。ほぼ直訳だけど、偶然にも「こ」で始まる単語が連続してて、ちょっと再現された感じ。

να μην έρχεται / Να μη φεύγει:どちらも接続法の現在形。接続法もアホみたいに複雑なニュアンスがあるのでどう訳そうかと思ったけど、Carson & Sarrisの訳だと"Nothing coming / Nothing going"とえらいシンプルになってたので、ここでもそんな感じに訳した。まー簡潔な方が逆にどうとでもとれるし。

Όλα τα μέτωπα γυμνά:繋辞は省略されてる。補語のγυμνάは「裸の」みたいな意味の形容詞。おでこが裸になるってのは、たぶん髪に隠れてるのが見えるようになるってことかなあと思って「露わに」とした。

για συναίσθημα ένα κρύσταλλο:簡潔過ぎて死ぬほど難解。まず前置詞γιαがニュアンスが複雑すぎて死にそうになった。「ために」と訳したのは、こうすれば目的と原因の二つを含意できるから。συναίσθημαも感じとか感覚とか感情とかとかそういうのをひっくるめた感じの語でどう訳すんべなと思ったけど、後ろに出てくる「水晶」に深く関連してるので、水晶に相応しいっつったら「感性」かなあと。ένα κρύσταλλοは中性の不定冠詞+名詞。中性名詞は主格と対格が同形なので「水晶が/は」とも「水晶を」とも訳せるが、ここはいちばん響きがやさしい「水晶を」とした。あとέναは不定冠詞なので直訳したら「ある水晶を」となるが、それだと情緒もへったくれもない。不定冠詞というものの意味プラス、現代ギリシア語の不定冠詞は一を表す数詞と同じなことを鑑みて「水晶をひとつ」とした。

 

【おまけ】

ネイティブによる美しい朗読。 ΚΛΙΜΑ ΤΗΣ ΑΠΟΥΣΙΑΣは2:24から。


Τρία από τα ΠΡΩΤΑ ΠΟΙΗΜΑΤΑ του Οδυσσέα Ελύτη

 

 

オディッセアス・エリティス詩集

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