ΕΚ ΤΟΥ ΜΗ ΟΝΤΟΣ

熱い自分語り

秋山晟『空になる青』復刊リクエスト

復刊ドットコムにて、秋山晟の幻の傑作『空になる青』の復刊リクエストへの投票を募っています。是非、一票をお願いします。

 

www.fukkan.com

作品については以下の記事で紹介しています。

 

lacondizioneoperaia.hateblo.jp

須賀敦子と俺

「コルシア・デイ・セルヴィ書店をめぐって、私たちは、ともするとそれを自分たちが求めている世界そのものであるかのように、あれこれと理想を思い描いた。そのことについては、書店をはじめたダヴィデも、彼をとりまいていた仲間たちも、ほぼおなじだったと思う。それぞれの心のなかにある書店が微妙に違っているのを、若い私たちは無視して、いちずに前進しようとした。その相違が、人間のだれもが、究極においては生きなければならない孤独と隣あわせで、人それぞれ自分自身の孤独を確立しないかぎり、人生は始まらないということを、すくなくとも私は、ながいこと理解できないでいた。
 若い日に思い描いたコルシア・デイ・セルヴィ書店を徐々に失うことによって、私たちはすこしずつ、孤独が、かつて私たちを恐れさせたような荒野でないことを知ったように思う」

 須賀敦子を初めて知ったのはたぶん高校生の頃で、当時熱心に読んでいた松岡正剛の千夜千冊を通してだった。いま読み返すと大した書評ではないが、コルシア書店のあのうつくしい末尾を引用してくれただけで大いに価値がある。その文章に心惹かれ、確か学部生の頃に一度コルシア書店を手にとってみたのだが、そのときは大してピンとこなかった。読み返したのはいつだったろうか。学部四年か、院の頭か。何が作用したのかはよくわからないけれど、むかし読んだときは閉ざされていた彼女の声が、急にはっきりと聞こえるようになった。
 彼女に没頭するようになったちょうどその頃、俺は大学の先生に留学を勧められた。夏の終わりか、秋の初めか。そのときは無茶だろうと断ったけれども、先生は是非にと食い下がった。それから何ヶ月か、そのことを考えに考え、調べに調べ、その年が終わる直前に、やってやろうと決心した。大学院棟のPC室で、外はもう暗かった。今でもはっきりと覚えている。
 ヨーロッパに行く。そう決めてから、須賀敦子が自分にとってさらに重大な位置を占めるようになった。戦後間もなく、単身でヨーロッパに渡り、キリスト教を核としつつ、ひろく文学思想と、そして人間なるものを学んだ彼女に、俺はとうぜん自分を重ねた。無論、ヨーロッパで学ぶことの意味は、当時と今では、彼女と俺では、まったく違うことは明白だった。それでもなお、彼女がフランスで味わった孤独や、イタリアはミラノで得た生の実感を、自分はまるで我が物のように受け取った。これをこれから、自分は経験するのだと。そして、それをくぐり抜ければ、こんな作品を、自分も残せるようになるのだと。そんなふうに、無邪気に信じていた。 

 彼女は夫の死について多くを語らない。それは彼女の作品群において、大きな空白として提示されている。俺たちは当然、それを知りえない。だから、その空白は同時に、眼を覆う闇でもある。ユルスナールの靴の中で、そういえば、霊魂の暗夜に彼女は言及していた。つまりは、そういうことなのだろう。
 暗夜だの闇だのといった瀟洒な表現はもったいないけれど、でも、自分にとっての留学の挫折は、まあ、それに近いものだったと思う。それはつまり、自分がこう生きたいと何年も夢に見ていた道が、はっきりと、二度と戻らないかたちで崩壊したことを意味していた。大きな空白に飲み込まれたようだった。
 茫漠たるあの虚無の上に、あれから俺は、こつこつと、苦労しながら道を敷いてきた。その過程では、究極的には、誰にも頼ることができなかった。でも、それで良かったらしい。誰かに頼ろうと必死になっていた学生時代よりも、それを諦めた今のほうが、人生はずっとうまく回っている。
 思えば、学生の頃は、誰かに頼られ、誰かに頼るという関係に憧れていたように思う。それはきっと、孤独極まる青春を過ごした自分のうちに芽生えた怪物だった。そいつはマンガだの宗教だのといったかたちで世にはびこる神話を糧に肥大し、そして俺を破滅に追いやった。しかし皮肉にも、その破滅を経たおかげで、俺は、ひとりでしか生きることのできない自分を受け入れることが出来るようになった。そのとき、ようやく俺の人生が始まったのだと思う。
 そう、たしかに孤独は、かつてあんなに恐れたような荒野などでは決してない。まさしく彼女の言ったとおりだ。でも、だとしたら何なのだろうか。それについて彼女は、夫の死と同様、ゆたかな沈黙を貫いている。そこまで言ったら、やぼってものでしょ、そんなふうにほほえみながら。

melancholy, around the world

 大学前駅に着いたとき、時刻は五時を回っていた。改札を出ると、授業の終わった学生の群れが、まるで何の悩みもないみたいに笑って話し合いながら、いまさっき俺が出てきた改札にみんな吸い込まれていった。その群れは駅の出口を抜けても、大学へと続く細く長い道をどこまで行っても途切れない。みんな自分が世界の中心みたく思っているのか、誰も道を譲ったりしないので、仕方ないから俺は道の端を、身をちぢこませてこそこそ歩く。やがて大学の門に着く。警備員が、交通ルールを守って帰ってくださいと声を上げている。並木道を抜け、横道に入り、図書館の前に着いたとき、もうすでに一本の映画を観終えたような気分になった。

 要約。今日は有給。正午に起きて、家で飯食って、駅で金をおろして、メロンブックスで同人誌を買って、某大学図書館でアルトマンの『ロング・グッドバイ』を観た。

 昨夜はもっと早く寝るつもりだったが、ダラダラとネットサーフィンをするうちに、いつのまにか0時を回っていた。エイヤッと気合を入れてPCの電源を切り、山のように積もった洗濯物のうち、まず三分の二を洗濯機にぶち込み、液体洗剤を惜しみなく注いで電源を入れた。終わるまでたぶん四十分くらい。その間に風呂とトイレの掃除をし、それから軽くシャワーを浴びた。体を拭いて耳を綿棒で掃除していたらちょうど洗濯が終わった。ベランダにつながる窓を開けたら、冷気がひゅっと入ってきて、それから、雲ひとつないきれいな空が見えた。無名のかたちをした月と、いくつかの星がまたたいていた。ここは田舎だ。夜になると、これくらいの星は見える。
 それからもう一度洗濯をして、結局眠ったのは午前三時。どんな夢を見たのかは、たぶん、覚えていない。たぶん、というのは訳がある。図書館だか書店だかで、複数掛けの椅子に座っていたら、そこに座っていたカップルの女が何故か俺にもたれてくるという夢を見て、それが頭にこびりついているのだが、果たしてそれを見たのは一昨日なのか昨日なのか今日なのか判然としないのだ。それにしてもあの夢は、何か知らんが強烈だった。今までに見た夢の中でも十指に入るほどエロかった。

 前述の通り、午前三時に寝た。そっからいったん午前五時に目が覚めた。それからOFFにし忘れたスマホの目覚ましに午前六時に起こされた。そのあと午前八時にもっかい目が覚めて、最終的にちゃんと起きたのは正午だった。
 これを睡眠と呼んでいいのだろうかね。

 朝/昼飯。近所のロヂャースで買った餃子。近所のロヂャースで買った豆腐。近所のロヂャースで買った麻婆豆腐の元。近所のロヂャースで買った米。近所のロヂャースで買った納豆。近所のロヂャースで買ったキムチ。近所のロヂャースが潰れたら、俺はどうなってしまうのだろう。

 飯食って皿洗って昨晩干した洗濯物を取り込んだら、もう午後三時を回っていた。自由に使える残り時間を指折り数え、余りに非情な現実に打ちのめされる。休みが一日だけなんて人権侵害だ。アマルティア・センに訴えたら、きっと人間の安全保障に反していると声を上げてくれるだろう。確かに今の会社はそれなりに休める方だ。しかし、それなりに休めるのが何だ。こちとら大学生の頃には春休みが三ヶ月半くらいあったんだぞ。それどころじゃねえ。学部四年の頃は授業が週に二コマしかなくて、早々に院に進学も決まっていたので、年中休みみたいなもんだった。それ以前と以後には無職をやって、終わりのない休暇が延々と続いた。普通の人間ならもう休みは十分と音を上げるような人生だろうが、俺は違う。俺は無限に休みがほしい。無限に休みがほしいけれど、でも無限には生きたくない。無限の休みと有限の生、このアポリアを突破する唯一の道が死だ。死こそ解決。死こそは解決。そんなことを考えながら、着替えてダウンジャケットを着て手袋をつけて駅に向かった。

 この前GUで1490円した手袋が非常に強く、この12月に自転車に乗ってもまったく寒くない。本当にありがたい。ここの冬もなかなか厳しい。

 最寄りの駅から某駅に行った。某駅は非常にでかく、平日なのに人がわんさかいた。こいつらみんな有給なのかな。世の中には有給が溢れているな。
 駅のATMコーナーで金をドサッとおろした。今度の会社の忘年会で幹事を任されているのだが、集金した金を紛失する可能性がゼロではないため、念の為に当日の予算と同額の金をおろして財布に入れた。これすらも紛失した場合は腹を切ろう。あるいはイランで鳥葬されよう。

 メロンブックスは駅から徒歩数分。便利でいい。しかし前職では職場から徒歩数分だった。あの頃はその点では最高だったな。非正規だったけど。
 買ったのはけむほこ先生の『a girl like you』。これに関してはいつか稿を改めてきちんと書きたい。ただ、今のところ言えるのは、この世にはありふれた日常を描くことを通して世界の秘密を開示できる作家というのが存在して、先生は紛れもなくその一員である、ということ。

 特急とかの指定席を買う券売機、マジで難易度が高すぎて何をどうすれば目的のものが買えるのか分からん。国鉄ゆるさねえ。

 地下鉄で某大学に向かう。
 駅のホームに突っ立ってスマホでパルを呼んでいたら、リーマン風の男女がこっちに来た。男がここに並ぼうと言う。女が答える。ここ女性専用車両のとこですよ、と。それでそそくさと移動した俺を、その女が笑ったように思うのは、単に俺が病んでるからかね。

 この場所に住むと決めたとき、この大学の図書館の利用者カードを作ろうと決めた。年間千円で本読放題映画観放題。貸出の冊数は厳しいし、テスト期間には部外者の利用は禁止されるけど、それでも本当にありがたい。この場所はとても豊かだけれど、でも、文化的にはかなり不毛だ。どこに行ってもせんだいメディアテークみたいな気合の入った文化施設が見当たらない。古本屋もない。24時間やってる本屋もない。もしもここがなかったら、休日は家にこもるしかなかっただろう。

 昔は、それでも良かったんだ。中高生とか大学生の頃は、ネットサーフィンでいくらでも時間が潰せた。引きこもってたときは一日中VIPでクソスレを立てていた。それで一日が終わっても満足だった。学部生の頃は大学のPC室に籠もって、大学のつよつよ回線でニコニコ動画を逍遥して毎日を潰していた。それでも満足だった。でも、今では、ネットをして一日を潰すことに我慢ができなくなってきた。今となっては、ネットサーフィンと言っても、観に行くサイトや動画はだいたい決まっている。毎日同じところで同じような内容が更新されているのを淡々と確認するだけ。たまに、強い閉塞感を感じ、叫び出しそうになる。耐えられない。

 年をとるということは、結局、森羅万象に飽きていくということだ。むかしあんなに眩しかったものも、何度も何度も使っていくと、すり減って輝きが失われてしまう。

 もうひとまわりふたまわり年をとってしまったら、逆にそんな輝きのないものに愛着を抱くようになるのかね。

 大学を歩く。母校より少し小さくて、母校よりも校舎が地味だ。母校には計六年通った。ここには、たぶん休日のたびに、あと何十年と通うことになるだろう。果たしてお迎えがきたときに、どちらを懐かしく感じるだろうか。そんなことを考えたりして。

 前述の通り、アルトマンの『ロング・グッドバイ』を観た。
 エリオット・グールドが壁や机や地面やドアにマッチをシュッと擦り付けると、どこだろうとパッと火がつく。まるで魔法のようだった。
 あと、ジョン・ウィリアムズの主題歌が幾度も編曲を変えて全編に渡り鳴り響いていたのだが、これはあれかね、『地下室のメロディー』を意識したんかね。

 マーロウみたいなおとなになりたかったなあ。自由で、真に独立した人間になりたかった。

 図書館を出る。駅へと向かう。午後七時を過ぎた大学は閑散としていて、出口へと向かう学生の数も片手で数えられるほどだった。空は昨晩のように澄んでいた。入口付近では、半分散った赤い並木が、道なりに点々と灯る小さなライトに照らされて、妖しい光を湛えていた。吐く息が白い。たぶん、俺の前を歩くあの若いにーちゃんの息も、俺と同じくらい白いのだろう。落ち葉を踏みしめるとカサカサ音がした。笑い声のようにも、泣き声のようにも聞こえた。

【歌詞和訳】Gene Kelly / I Like Myself

 1955年のミュージカル映画、「いつも上天気」(It’s Always Fair Weather)から、とびっきりのナンバーを訳してみました。この作品、天下のジーン・ケリーシド・チャリシー共演にもかかわらず、現在のところ日本では円盤が出ていません!!!! 信じられん!!!! 日本は文化後進国!!!!!!!!!!! 恥を知れ!!!!!!!!! 円盤を出せ!!!!
 さて、人類は古よりアステア派とジーン・ケリー派に分かれ、互いに血で血を洗う闘争を繰り広げて来ました。かくいう自分はフレッド・アステア原理主義者です。アステアを讃えよ!!!!!! アステアのダンスは壮絶なまでに優雅で軽やかで、地上の一切の制約から解き放たれているように感じます。一方のジーン・ケリーのダンスは、なんというか、どこかドタバタしてる感じで、ただ身体能力が馬鹿みたいにすごいだけじゃん、とそう思ってしまうんですな。しかし、この ”I like myself” のシーンを改めて観直してみて、自分の認識が甘かったなあと大いに反省しました。
 ジーン・ケリーの魅力というのは、彼がいつまでもどこまでも少年のままでいたところにあるのだと思います。これは彼の欠点と表裏一体で、たとえば「雨に唄えば」で発音の先生の部屋を友達と一緒にめちゃくちゃにするとこなんかを観ると、てめえその歳になって何ガキみてえなことやってんだよと不快な気分になったりもします。でも、たとえばこの歌の場面のように、ふいに訪れた恋の喜びに、子供のようにはしゃぎまわる彼を観ると、他の何も目に入らないほど、魅入られてしまうのですね。今までは自分のことが嫌いだった。でも、彼女が自分を好きになってくれたから、自分でも自分が好きになれた。こんなのは、完全に思春期の情動です。アステアがこんなふうに歌っても、たぶん説得力なんか一ミリも出ないでしょう。でも、ジーン・ケリーがこう歌って、あの少年のような笑顔でドタバタ踊っているのを観ると、自分まで嬉しくなってきて、ああ良かったねえと、そう素直に思えるんですね。
 年をとると、昔ぜんぜん食べれなかったものが、おいしく食べれたりしますよね。ひじきとか筑前煮とか。それと同じように、歳を重ねるにつれ、昔は好きでもなかったスターの眩しさが、少しずつ分かってくるんですねえ。おっさんになるのも、悪くないかもしれんです。

 

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ΜΑΚΑΡΙΟΙΟΙΠΤΩΧΟΙΤΩΠΝΕΥΜΑΤΙ

 ちいさいころはかみさまがいて。
 むかし、神谷美恵子に傾倒していた。どこでその名前を知ったのかは今では覚えていない。もしかしたら、松岡正剛の千夜千冊あたりで存在を知ったのかもしれない。ただ、深くはまり込むきっかけになったのは、今は亡き旧名取市図書館で『うつわの歌』に出会ったことだろう。彼女が訳したジブラーンの「予言者」は、それからしばらく、自分にとっての道標となった。バイト帰りに某図書館で「宗教について」を読んで、ひとりボロボロ泣いてしまうくらいには、自分はその本に没入していた。それくらい、当時の自分は、よく言えば純粋だった。
 それから、彼女の本をいろいろと読んだ。『こころの旅』、『生きがいについて』、『遍歴』などなど。特に彼女の自伝である『遍歴』は魅力的だった。華やかな来歴、しなやかな思考、強い意志、うつくしい文体。このように生きたいと、こんな人間になりたいと、無邪気にそう願っていた。
 あれから幾とせが経っただろう。本棚に唯一残っている『遍歴』を読み返してみたが、二三頁で限界だった。彼女の魂がうつくしくいられたのは、彼女の教養が豊かでいられたのは、結局、実家が太いからじゃねえかという感想を抱いてしまうのだ。当時の日本のトップカーストに生まれ、1920年台にスイスはジュネーブで学び、コロンビアで古典を修め、それから精神医学に転ずる。結局、彼女を育んだものは、経済的な豊かさに裏打ちされた文化資本ではないかと、そう思ってしまうのだ。そんな彼女が、こころの豊かさを説いたとしても、いまの自分にはなんの説得力もない。結局、豊かな人間はこころも豊かになるという、ただそれだけの話しではないのか。

 努力に努力を重ね、幾多の挫折を経て、ようやく何とか人並みの生活を確保するに至った。その過程で幾度も直面した現実として、人間の生は出自に制限されるというものがある。自由や平等なんて嘘だ。結局、自分のような育ちの悪い人間は、最初から足かせを付けた上でレースに出るしかない。でも、足かせのない人間は決してそれを認めようとしない。だから、世界ではそれはないとされている。だから、俺にもないと思っていた。
 神谷美恵子に耽溺していられたその頃、俺はとてつもなく貧しくて、でも、こころはどこまでも豊かだった。彼女のようになれば、彼女のように努力すれば、自分もあのように高貴な生き方が出来るものだと素直に信じていた。彼岸と此岸の間には架橋し得ぬ断絶があることを、自分には生まれながらの歪みと瑕があることを、当時は知らなかったから。あの頃、自分のこころはどこまでも豊かだった。己が心身の貧しさに、まだ気づかずにいられたから。

 さいわいだ、こころにおいてまずしいものらは。なぜならば、かれらのものだからだ、てんのくには。
 我らが主イエースース・クリストスは、とある山の上でそう仰られた。天国には心の貧しい連中しか入れないらしい。確かに、心の豊かな連中が一切いなければ、俺みたいなのが余計な妬み嫉みを抱く機会もなくなり、こころおだやかでいられるだろう。神は信じてないけれど、心の貧しさならば誰にも負けない。天国に行くのが楽しみだなあ。

『いけない! ルナ先生』でメンタルが改善した話

 今年に入ってから色々と行動して、自分を取り巻く環境を少しずつ改善させていった。以前と比べてずっと生きやすくなったはずなのに、悩み苦しみ希死念慮は一向に減ってくれない。流石にこれはおかしいと自分の内面を精査してみた結果、小さな問題でも大きな問題でも俺の精神は同程度に悩んでいるということが分かった。これが原因か。

 考えてみよう。猛烈なパワハラ上司に当たってしまったという問題と、仕事でほんの小さな失敗をしてしまったという問題は、言うまでもなく同等ではない。後者は前者に比べれば圧倒的に些細なものだ。しかし、自分の場合、前者と後者の問題について、ほぼ同じくらい深刻に思い悩んでしまうのである。何でそういうことが起こるかというと、無駄に想像力を働かせて、小さな問題からどんどん悪い結果を引きだしてしまうからだ。小さな失敗をしてしまった場合、本当ならば、その失敗単体について、少し後悔すればいい話だ。しかし自分の場合、小さな失敗をしてしまった→周囲に失望される→周囲からのサポートがなくなっていく→さらに失敗を重ねてしまう→破滅、的な想像をしてしまい、どんどん落ち込んでしまうらしい。

 これって結構深刻な話で、努力して大きな問題を克服していって、小さな問題しか存在しない環境を勝ち取ったとしても、何か悩みの種がある限り、自分は延々と同じ程度に悩み苦しみ続ける羽目になりかねない。何とか改善させたいけれど、歪んだメンタリティを矯正するのはかなり難しい。だが、最近ある漫画を読んで、少し心が軽くなった。これである。

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 はい。『いけない! ルナ先生』。実はこの年齢になって初めて読んだのだが、葉月ルナの思考回路が完全に俺と同じなのである。ただ、それをこうやってギャグとして提示されると、あ、自分の思考ってこんなしょーもないんだなと、少しだけ気分が楽になるのだ。漫画にはこういう力もあるのだな。

 ということで、先に述べたような思考が展開されそうなときは、「あ、ルナ先生が始まったな」と努めて意識するようにしている。そうやってギャグのレッテルを貼って客観視することで、前よりも精神的な負担が減った気がする。この漫画、当時は有害図書指定を受けてかなりバッシングを受けたらしいが、こういうかたちで俺をちょこっと救ったりもしてるのよね。有害なんて軽率に言わないでほしいですわね。